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その深ーい歴史

高麗人参は、朝鮮人参御種人参などとよばれ、歴史は紀元前にさかのぼります。
中国の漢方薬を扱った書物に、最上の生薬として記載されていたのが最初です。

当時は野生である山参(さんじん)を中国、朝鮮半島、ロシアの山奥から探して、病気の予防や治療の薬にしていました。
深い森の中で見つけるのは困難を極め、数百里移動したということで、皇族や貴族にとても珍重されていました。

初めて日本にやってきたのは、奈良時代739年に朝鮮半島にあった国からの使節が、聖武天皇への国交贈品として持ち込み、お礼として銀貨(人参代往古銀)を返したのが始まりです。
以降、朝鮮半島より輸入されることとなり、朝鮮人参と呼ばれ、江戸時代まで続きました。
長寿で有名な徳川家康が愛用していたことから、徳川一族が日本での栽培を手掛け、1729年に日光での栽培に成功、その種(オタネ)を配布して各地での栽培を進めました。
そのエピソードから御種人参(オタネニンジン)と呼ばれるようになりました。

土の成分や気候が合った野洲、松江、会津が栽培をすることになり、江戸にある朝鮮人参座を中心に国内での売り買いや、外国への輸出も行われました。
朝鮮人参はあまりに高価だったため、栽培をしていることさえ極秘扱いで、松江では島で栽培していることを隠すために、大根を作っていることにして、大根島と呼んでいたそうです。
現在でも中国、韓国のほか、長野県、島根県、福島県で栽培されています。

高麗人参のサプリメントを愛飲して、長寿で平和な江戸時代を治めた徳川家康公にあやかりたいものです。

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